「奥尻島津波館」で震災の記憶と歴史の深さを知る
スポンサーリンク
2018年8月に、奥尻島へ旅行にでかけました。
奥尻島といえば1993年に発生した「北海道南西沖地震」のイメージがあるでしょう。
確かに、その震災の記録を刻んだ資料館があります。
しかしながらもっとこの場所に触れてみると「この島には確かな歴史の積み重ねがある」ことを感じたのでした_。
※資料館の情報(簡易版)
【開館時間】9:00~17:00(冬期間、11月下旬〜4月中旬ごろは休館)
あの津波と災害の教訓を…「奥尻島津波館」
この資料館は2001年4月15日開かれました。
震災直後の様子から復興までの道程、さらには奥尻島が積み重ねた歴史のあとが流れに沿って編集されております。
【前提知識】そもそも奥尻島の地震はどんなものだったか
「北海道南西沖地震」は1993(平成5)年7月12日の22時17分に発生しました。
奥尻島の北部で発生し、とくにこの島へ大きな被害を与えたため「奥尻島地震」という名称も使用されているようです。
実際の被害状況や金額などは下記に割愛しますが、一連の災害によって
・津波は複数回にわたって襲ってくる
・情報インフラの整備や危機感を強め、避難体制を作ること
・しかしいくら情報伝達を早くするより、地震が発生したらまっさきに避難すべし
・自動車による避難こそ危険
・住宅ローンを組む際、地震保険も付与すべき
…などなど、さまざまな地震対策への問題提起となった震災でした。
【館内】様子はこんな感じ
入館料500円(子ども料金は170円)で館内をだいたい30分あればざっと見ることはできますが…、
ぜひここでは”館内スタッフさんに案内”していただくことをオススメします。
(当日でもOK)
約40分ほどの説明を交えながら、当時の島内の様相を伺えます。
(手振りを交えて、突き上げるような地震と”推定時速500km”という想像することもできない津波が襲ってきたのだそう…)
地下には映像ホールもあり、ドキュメンタリー「震災の記憶」によって時系列で災害から復興までの流れも見ることができます。
震災だけでない、奥尻島に蓄積された歴史
で、これ現地ではじめて知ったのですが…。
奥尻島は縄文時代から8000年にわたって人々が住んでいた跡がある島なんです。
奥尻島は「イク・シリ(向こうの島)」という呼び名が由来となっており、縄文人・アイヌもまた、定住していた地域です。交易・交流があった証拠がこの「まが玉」にも残されています。
このほか、 越後の上杉家の家臣が奥尻島にわたったなどなど…いろんな歴史が残っていることを記録しております。
【参照】
この資料館は地震だけではない、歴史のつながりを記すものなのでしょう。
ぜひ長めに時間をとって、この 地区に足を運ぶことをオススメしますよ。
奥尻島津波資料館 詳細情報
【開館時間】9:00~17:00(冬期間、11月下旬〜4月中旬ごろは休館)【入館料】大人:500円 小人:170円