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【奥尻島】「賽の河原」に残る言い伝えと悲哀物語を知る


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どうも、ローカルライターの片岡(@KT_Okey)です。

旅行の機会があって、奥尻島にやってきました。

実は、北海道の離島へ行くのは初めてでワクワクしてます。

 

 

さて「自然豊か」「カニ、ウニの産地」「南西沖地震」というワードが連想されるこの島で、キャンプ場にもなっている「賽(さい)の河原キャンプ場」にやってきました。自然の豊かな島ではありますが、どのような歴史や由来があるかたずねてみましょう。

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道南霊場 賽の河原

北海道庁長官 佐上信一(さがみ しんいち)

1931~36の5年間で、北海道農業を政策面で底上げし、酪農学園大学の創立に関わった方の記した碑がありました。

 

 

奥尻港から北へ、車で20分の「賽の河原」の由来は…

奥尻島の北東部に位置するこの場所。よく晴れた日には北海道本島も見えます。

日本海が綺麗ですね…。

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よくよく見ると、数多くの積み石が見えます。

遊んでいて、石がこんなに積み上がるの…?キャンプ場だから…?

 

ではなくて、死後、あの世へ行くときにある「三途の河」にまつわる場所なんです。

 

奥尻島北東部の海はとりわけ波が荒く、海難による犠牲者がしばしば出てしまう海であったとのこと。

そうした犠牲者や、幼なくして死んだ子どもの慰霊のために石積みがされたことから"賽の河原"と名付けられました。

 

※ちなみに"賽の河原"は日本各地にあり、古くからの言い伝えが残されています。

この"賽の河原"は、親より先に死んだ子ども達が「この親不孝者めが!」と苦役を受ける場所。

その不孝を詫びるために、彼らはせっせと石を積む。完成させるとお地蔵さまが親たちを供養してくれると言われています。

しかし、この河原に棲みつく鬼どもが延々と邪魔しつづけ、永遠に供養が叶えられることはない…

 

という俗信が残っているそうです。

 

 

1993年の南西沖地震の慰霊地として

1993年に発生した北海道南西沖地震の慰霊碑も、現地にあります。

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1993年7月12日突然奥尻島を襲った、マグニチュード7.8という、日本海側における観測史上最大級の南西沖地震に遭遇し、死者・行方不明者合わせて198名の犠牲者を出す大惨事となりました。

 

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アジカヨルタム…何を指す言葉なんだろう?

真言宗のことば?それともアイヌ語?(わかる人がいたら、ぜひメッセージください)

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毎年6月22日に慰霊祭「賽の河原まつり」があります 

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【画像引用元】イベント案内 | 奥尻島観光協会

 

そうして不幸に遭ってしまった人々を慰霊するために"ハレの日"もあるんです。

毎年6月22日に、慰霊祭と称して灯籠流しや子ども相撲などが開催されるのですって。

 

 

 

いかがでしょう?静かにキャンプするにもオススメの場所なんです

夏の時期にはキャンパーが訪れる奥尻島一大スポットとのこと。

僕が足を運んだときもバイクでこの場所に訪れたキャンパーがいました。

 

 

念のために言いますが、慰霊の意をもつ重要な場所です。

くれぐれも、わざと積み石を崩すような真似はしないように。祟りがあっても、責任は取れませんのでアシカラズ……。

 

静かな潮騒が聞こえながら、どこか寄る辺なく心静かになる賽の河原に野宿してみては、いかがでしょうか。

 

すぐ近くには「8:30~17:00」の間で開くお土産やさんもありますぞ。

 

 

詳細情報

場所:〒043-1405 北海道奥尻郡奥尻町稲穂

   Google マップ

設備:キャンプ場、野球場、展望台、

   食堂兼おみやげ店「北の岬さくらばな」(8:30~17:00営業)

 

料金:入場、駐車場ともに無料。